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沿革

北海道労働者福祉協議会 50年の歩み

「北海道労働者福祉協議会五十年史」第一章より

Ⅰ 労働福祉北海道協議会の創立(1964年)

創立総会
創立総会

労働福祉北海道協議会(設立当時の名称)の創立総会は1964年(昭和39年)3月31日、札幌市南1条西5丁目日の出ビル7階において開催された。創立総会には全道労協、道同盟会議、北電労をはじめ労金、各福祉事業団体から代表者が集まった。
労福協の設立の目的について設立趣意書では次のように提案している。「労働者の福祉活動については、それぞれの主義主張を超えて一致した活動がわれわれ労働団体に課せられた使命であります。既に昭和25年に中央に於いては総評、全労、総同盟、新産別、中立労連等の労働組合で労働組合福祉対策中央協議会を結成、本道に於いては昭和28年に北海道労働福祉対策協議会を設立し、労働者福祉に関する合同調査、政府諸機関に対する建議、労働福祉事業団体の設立と育成に力をいたして来た」としたうえで「労働者の福祉活動がさらに巾広い運動を要請されるとき、現実に立脚した組織拡大が急務であることを痛感するものであり(中略)あたらしく労働福祉北海道協議会を設立し、労働者福祉活動をさらに推進せんとするものであります」。
全国的な機運の高まりのなかで、中央労福協の〝綱領に代えて〟を統一見解として、その地方組織として労働福祉北海道協議会は設立された。全国組織である労働福祉対策中央協議会の結成から14年、北海道労働福祉対策協議会の設立から10年余が経過していた。

Ⅱ 草創期の運動から労働者福祉運動の発展へ(1965年~1980年)

第6回定期総会
第6回定期総会

発足から数年間は北海道における労働者福祉活動の組織や運動の軌道を形成する重要な時期であった。全国的な機運の高まりのなかで、労働福祉北海道協議会は、中央労福協の地方組織として北海道において組織を立ち上げたものの、その頃の労働運動の現場では社会保障や福祉に関する活動は二次的なとらえ方がされていた。こうした状況のもとで、北海道労福協は「労働者福祉活動の意義」についての労働者教育・啓蒙に多くの時間を費やした。また、経営者・政府は労働運動が力を増すことを嫌い「福祉企業体」構想で対抗してきた。こうして、労働運動は「福祉企業体」構想と対立していく。
草創期の労働福祉北海道協議会は労働・福祉政策に関する中央陳情活動を中心として活動する一方、積極的に新規事業の開拓に取り組み、医療生協、北海道労働災害職業病研究対策センター、北海道労働者福祉基金協会を設立する。
組織強化も大きな課題であった。71年には北海道労福協の構成に労働組合の単産が加盟できる方式を採用した。第2回総会(66年)において「地区労福協」の組織化を打ち出しているが、地域における組織化は遅遅として進まず、最初の地区組織「釧根支部」が発足したのは76年、それまで10年間を要した。二カ所目に設立した「旭川支部」は78年であった。78年に「北海道組織機構整備3カ年計画」を決定した。この組織機構整備3カ年計画は北海道労福協の組織と機能の強化を目的とし、加盟団体の会費を大幅に引き上げ、「規約改正」(組織運営を幹事会から理事会とすることなど)が行われた。
1980年に開催した第15回定期総会では、名称を「労働福祉北海道協議会」から現在の「北海道労働者福祉協議会」とする規約改正が行われ、「労福協オルグ制度設置に関する四団体案」を示す。

Ⅲ 労働者福祉運動の前進・定着に向かって(1981年~1990年)

労働者福祉活動を前進させるためには、組織とそれを担うヒトを配置することが重要であった。1981年から「労福協オルグ制度」に基づき「地方オルグ」の配置が計画的に進められ、それまで労福協の活動が及ばなかった地域や未組織の空白部分に運動が持ち込まれた。オルグの配置によって、協同事業団体の事業においても目に見える成果をあげ、地区労福協の組織化や再建も進むようになった。
82年には北海道勤労者信用基金協会を発足した。設立した医療生協の診療所が資金繰り等の事情で休止となるなどの試練もあったが、北海道労福協、労金、全労済、医療生協による四団体共同事業として医療生協緑愛病院を設立にこぎつけ、後に、併設する「特別養護老人ホーム」も、四団体共同事業による自主福祉活動の新規事業として実現する。
82年には労働金庫30周年、全労済25周年、住宅生協20周年、生協連25周年を迎え、各団体の協同記念行事として「国際協同組合デーの集い」を開催した。
90年2月、労戦統一で連合北海道が発足した。これを機に、北海道労福協は連合北海道と一体的連携体制に向け組織整備等の動きを速めることとなった。

Ⅳ 労働者福祉運動の定着へ(1991年~2000年)

北海道労福協は計画した各種の新規事業を着実に実現し、労働者福祉運動の基盤の整備を進めた。90年2月に連合北海道が発足し、新しい状況のもとで、それまで築き上げてきた活動の継承・発展に向けた組織の再編整備を進める。ある意味では、労働者福祉活動は転換期を迎えていた。
この時期、労働省は中小企業と大企業の福利厚生面の格差を是正する施策として「中小企業労働者総合福祉推進事業」を創設した。北海道労福協はその事業を推進すべく、「中小企業勤労者福祉対策北海道連絡会議」を93年に設置、全道の市町村に「中小企業勤労者福祉サービスセンター」「市町村勤労者共済会」の設置・拡大の取り組みを中心に活動を展開する。
連合北海道は「労働者自主福祉運動の在り方に関する検討委員会」を設置、オルグ制度、事業団体の推進機構の見直し作業に着手、93年には連合北海道「労働福祉活動推進本部」を設置した。こうして北海道労福協は、協同事業団体の推進運動を連合北海道に一元化して継承し、支部労福協は、連合北海道の地協に対応するかたちで再編を進めた。これにより、全道労協センター、道同盟友愛会議、中立労連の三団体は任務を終える。
99年7月、連合北海道「労働福祉活動推進本部」の機構改革の検討が開始され、北海道労福協は「労福協機構改革準備室」を設置した。21世紀型の自主福祉運動の再構築に向けた、抜本的な機能強化や見直しを内容とする、労働福祉活動推進機構改革最終案を提起する。

Ⅴ 新しい北海道労働者福祉協議会の姿を求めて(2001年~2009年)

結成50周年を迎えた中央労福協は自らの存在意義を検証する「中央労福協あり方検討委員会」答申書をまとめた。社会・経済構造の変化のなかで福祉理念も変化し、労福協の「役割や期待」に変化が生じていた。連合と労福協の役割分担とその機能についての調整、少子高齢化の進行、退職者を含む高齢者の課題、一般市民への福祉的な対応、市場・産業セクターの限界と公的セクター、協同事業団体の役割が増すなかで、地方における北海道労福協も改革を避けて通れない状況にあった。
北海道労福協は2002年度の運動方針で、「道労福協と労働福祉活動推進本部の組織統合」による「新労福協の役割と活動推進のあり方」(新展開)を提案した。その「改革案」は、北海道労福協のそれまでの役割である連絡調整機能に運動推進という役割を加え、「労働福祉活動推進本部」との組織統合による一元化体制を構築する方向であった。同時に14支部労福協をブロック労福協へと組織改編して全道ネットワーク化を進めた。連合北海道は常設機関「労働者福祉対策特別委員会」を設置した。新労福協は連合北海道とより連携を強化して運動の推進に取り組むこととなった。
こうした組織改編とともに「団塊の世代の退職に伴う対策」や「意識調査」、「ろうきんアソシエール」など時代の変化にともなう新しい課題にも対応した。さらには、非正規労働者問題、格差拡大や貧困の増大、社会的セーフティネットが後退するなかで「勤労者ライフサポートセンター」が2008年度にスタートした。また、北海道労福協創立50周年を迎える2014年の北海道労福協が到達すべき姿を構想した「2010北海道労福協ビジョン」を策定する。このビジョンは、連合20周年で提唱した「労働を中心とした福祉型社会」、中央労福協60周年で提唱した「連帯・協同でつくる安心・共生の福祉社会」をベースに豊富化し、北海道における労働者福祉活動の到達点を示したものである。

Ⅵ 2010ビジョンと協同組合間協同(2010年~2013年)

HLS設立総会
HLS設立総会

北海道労福協は「2010年北海道労福協ビジョン」(以下、2010年ビジョン)の基本目標を達成すべく、年次計画に基づき活動を推進した。「2010年ビジョン」では、北海道労福協が2014年の創立50周年に到達すべき組織の姿を構想していた。それは、北海道ライフサポートセンターの「再設立」であり、その活動の全道展開を図る「サテライトの設置」を中心としたブロック労福協の運動強化である。
創立50周年に向かうこの時期、「地域に顔が見えるブロック労福協の運動強化」を活動方針で強調し、協同組合間協同、退職者組織との連携、NPO法人との連携が進められる。





連合北海道 (日本労働組合総連合会 北海道連合会)
北海道ろうきん
全労済
北海道住宅生協
北海道医療生活協同組合
中央労福協
中央労福協
北海道労働資料センター(雇用労政課)
北海道労働者福祉協議会道南ブロック